東京郊外

はたらけど はたらけど

20260327

最近、職場に顔を出すようになった社長のパートナー。時々オフィスに顔を出してきて、用事を済ませると「それではさよ〜なら〜♩」と軽やかな声を残し、オフィス内を優雅にスキップして去っていくのが目に入る。80年代バブルの残り香を撒き散らかして。 会社でスキップする人を初めて見た。私もあんなふうにスキップしたい。でもこの状況の会社で、自分の何かがスキップすることを許さない。給与査定で思っていたより昇給したけれど、やっぱり転職したほうが良さそうな気がしてきた。

おかえりなさい、三省堂書店神保町本店。3月19日に新装開店したので帰りに寄ってきた。神保町のシンボルでもある書店。新卒で入社した出版社が神保町から徒歩圏内の小川町にあったから、とくに目的がなくてもすずらん通りの三省堂書店の旧店舗にはよく通っていた。三省堂発祥だという名物のタワー積みのディスプレイも懐かしい。

以前と同じ立地に建った小綺麗な建物。売り場は4階までで面積は縮小してた。知の渓谷と名付けられた1階は傾斜があってフロア全体を見渡せ、図書館のようなつくりだった。2階に上がって専門書コーナーへ。自分が制作に携わっている書籍や雑誌が置かれているのをちゃんとチェックする。ああ、この瞬間こそが仕事の冥利に尽きる。

宗教学の書籍を読了したので、次は何を読もうかと考えながら見て回った。少し前から社会学者の小熊英二の『単一民族神話の起源』が気になっていたけれど、店頭に在庫はなさそうだった。そこで、先日デモに参加した流れもあり『社会を変えるには』を購入することにした。

デモをやったら社会は変わるのだろうか。私はしばしば、新聞記者の人などから「デモをやって何か変わるんですか」と聞かれました。「デモより投票をしたほうがいいんじゃないですか」「政党を組織しないと力にならないんじゃないでしょうか」「ただの自己満足じゃないですか」と言われたりしたこともあります。 しかし、そもそも社会を変えるというのは、どういうことでしょうか。 —— 小熊英二『社会を変えるには』(講談社,2012)「はじめに」より引用

新書はもっぱら電子版で購入しているけれど、なかなか頭に入ってこない。だから同じ箇所を何度も読み直してしまい時間がかかっている(記憶力の問題なのかも)。 この前京都に行った時に前職の元同僚とも話したのだけれど、電子書籍は所有している気がしない。恒久的にレンタルしているような感覚。配信サービスが倒産したり、サービス自体が終了したりした場合、どうなるのだろう。 出版社の立場としては在庫を抱える必要がなく、原価も抑えられるメリットがある(原材料や輸送費の高騰もある今はとくに)。でも消費者の立場で考えると電子版だけではなく、やっぱり紙の本も必要なのだ。

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